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日中緑化交流基金の助成事業を受け、日本の民間団体は中国側カウンターパートと協力し中国各地で多様な活動を展開しています。これらの取り組みの中で5団体による活動状況等をご紹介します。 1 湖南省吉首市記念植樹の旅 財団法人 滋賀県国際協会
わが滋賀県と中国湖南省の両県省は、それぞれ洞庭湖、琵琶湖という共に大きな湖を有するという縁から、丁度25年前に姉妹県省協定を結び、以来、互いに深い友好関係を保ちながら今日に至っています。洞庭湖の辺りの風景は宋代から瀟湘八景と呼ばれ、滋賀県の近江八景の元になったとも言われます。 その湖南省の西部に湘西土家族苗族自治州があります。その名前が示すとおり、湘西土家族苗族自治州は、土家族、苗族、白族、ヤオ族などの少数民族が多く住む自治州です。日本ではそれほど知られていませんが、同州北部に隣接する張家界市には世界的観光地である黄龍洞や世界自然遺産の武陵源の山塊群があります。ところで、この自治州の中心都市、吉首市を流れる峒河の上流の山間地は、長らく荒廃し、資金不足から植林もままならず、下流の水質は悪化し、自然災害が頻発するような状態でした。そこで私たち(財)滋賀県国際協会では、2003年より日中民間緑化協力委員会資金から助成を受け、地元の湖南省林業庁、吉首市林業局と協力しながら、この地で植林事業を進めてきました。やせ地でもよく育つ広葉樹のヤシャブシ、マンサク科の落葉樹であるフウ、針葉樹のコウヨウザン(広葉杉)を混植したところ、地元住民の環境保全意識の高揚と保育にかける尽力もあり、山々には見事に緑が復元しました。この5年間に植林した山林は約400ヘクタールに上ります。 さて、当協会の会長を団長とする私たち総勢19名の県民は、この度「湖南省植樹5周年記念使節団」を結団し、10月26日から11月1日にかけて湖南省を訪問しました。これに対して、この植林事業の5周年を記念するとともに、将来にわたって世界の平和と湖南省と滋賀県との友好のシンボルとなってほしいとの願いを込めて「湘滋友好和平之林(湘滋友好平和の森)」と名づけたその植林地に、湖南省の皆さんは、立派な石碑を建立してくれました。「湘」は、湖南省の愛称、「滋」はもちろん滋賀県のことです。 記念植樹のために吉首大学を訪問した日は、あいにくの雨空でしたが、講堂に入ると、大勢の学生さんたちが私たちを待っていてくれました。中国内陸部の地方都市の大学でも、日本語を学習している学生は大勢いることに驚かされました。学生の皆さんは、屈託のない笑みを浮かべながら、私たちに日本語で話しかけてくれました。今回の私たちの使節団は平均年齢が少々高めでしたので、傍目には祖父母と孫との交流のように見えたかもしれません。講堂を出ると、私たちは学生の皆さんに助けられて、雨の中、泥だらけになりながら、大学の校庭に記念の植樹をしました。植樹をした木の一本一本には、植樹をした団員の名前の入った名札をかけました。植樹した木がこれからすくすくと育ち、滋賀県民と湖南省民との友好関係の新しいシンボルになってくれることを切に願います。
2 内モンゴル自治区オルドス、オトクチの植林事業を始めて NGO法人 草原の風
副理事長 牛山満智子 昨年(2008年)5月に第5回目の植林ツアーに行き、予定地に近づくに従い感動しました。初年度からのことを思うと見違えるほど緑が広がってきているのです。2004年、2005年には私達の小さな力でこの広大な砂地に緑を取り戻せるだろうかと思ったのですから。 『草原の風』の活動を始めたのは、結婚して私達の飯田市へ来たモンゴル女性から「砂漠化しているオルドス、オトクチを助けて欲しい」と訴えられたからでした。モンゴルといえば大草原がどこまでも広がり、その中でゆったりと羊や牛が移動しながら草を食んでいるというイメージでした。そういえば春先の黄砂は年々増えている、砂漠化は他人事ではない、私達自身のことだと考えました。植林活動に出かける前2年間は資金活動のため活動し、その中でロータリークラブや、日中友好協会の方々の協力で大きな力をいただきました。 2004年5月に第1回植林ツアーに11名が参加し、2005年5月には18名が参加、2006年4月には飯田日中友好協会のツアーも共に植林ツアーに参加してくださったため28名の植林活動となりました。 現地は見渡す限り砂地が広がり短期間で終わってはならない活動だと実感しました。任意団体には限界があり個人の負担が大きすぎます。そこで平成18年7月にNPO法人草原の風を設立しました。同年8月に日中民間緑化協力委員会の助成金交付の申請をし、有り難いことに同年交付の決定をいただきました。すでに済んだ3年間の分も含めて、9年間約560haの壮大な植林計画です。平成19年5月には今まで以上に緊張して出かけました。カウンターパートも前の3年間と同じオトクチ林業局でしたが、計画性を重視すること、数字的な報告をきちっとすることなど念を押して活動しました。私達ツアーの植林活動も大事ですが、それより地元の村人や子ども達の植林意欲と意識を高めることこそ大切と考えてきました。植林に参加する人々も村人、中高生、お寺の関係者と広がりを見せ、年間を通して植樹、井戸掘り、灌水作業が行われ確実に緑が広がってきました。そして大きな変化は、自治政府がこの今まで忘れられていたような奥地にヘリコプターで草の種まきをしてくれるようになったことです。 本年の植林ツアーは5月5日出発と決まりました。天台宗“一隅を照らす運動”の活動がご一緒してくださるとのことです。活動の輪がまた広がり人数も今までで最大になると思います。今までの植樹の成果を楽しみにしながら、小さな団体ではありますが一層気を引き締めて活動して参ります。
3 人と世代をつなぐ沙漠の緑化 特定非営利活動法人 地域の教育と文化を考え・行動する会
(EαCフォーラム) 理事長 大林 成行 2008年、NPO法人の支援活動を通じて沙漠交錯帯での植林と深く関わりを持つことになった。開始したばかりのプロジェクトなので、本文は事業報告に代わって、これまでの経験を振り返って沙漠と緑に対する想いと今後の希望について記述させていただき、私たちの責任を果たすことにしたい。 1987年、中国内蒙古自治区政府からの留学生のお世話をさせていただいていた折、中国科学院蘭州沙漠研究所沙披頭野外実験センターを訪問する機会を得た。当時、同実験センターは中国で唯一の沙漠研究施設と言われており、内蒙古自治区政府林学院の組織の中にあって、蘭州に本部が置かれていたと記憶している。北京から東北経由、蘭州行きの列車で「中衛」と言う小さな駅で下車して自動車で1時間あまり、テングリ沙漠の東南端、黄河のほとりにあったことを鮮明に覚えている。周りが、見渡す限りの黄土高原の中で、小さいながらも、オアシスを想わせる緑に囲まれた環境に施設があったことを想い出す。 この施設で1泊して、職員の熱心な説明を聞く機会を得た。これが沙漠と緑についての初めての経験である。具体的な内容については殆どが記憶の外になったが、鉄道施設を守るための具体的な流砂止対策例、固砂植物、砂田、国土の緑化、等の言葉は今でも記憶している。日本ではあまり使われていなかった言葉である。中でも「国土の緑化は中国における国家目標の1つであり、緑化とは良い土を作ることである」といったような内容を繰り返し聞いたように記憶している。麦藁を用いた80~100cm四方の流砂止工法は今でも沙漠地帯の至るところで見ることができる。今から思えば、地球的規模の植林計画と言われた「三北防護林(緑の長城)」もこの時に教えてもらった言葉なのかもしれない。 その後、毎年のように、オアシスの構造や紅柳、胡楊、白楊等の保護林について見聞してきた。「兵団」と言う組織が積み重ねてきた多くの緑地を見ることができた。また、地下水を大量に利用したタクラマカン沙漠を縦断する沙漠道路の植栽も最初から見学できたことは幸運であった。1996年から始まった、ウイグル自治区南部でのオアシス交錯帯を対象に、人工衛星データを用いた日中共同研究は現在も続いている。こうした息の長い共同研究活動の中から、多くの専門家が成長し、仲間ができ、今回の「黄山地区沙漠交錯帯植樹プロジェクト」が発足した。小規模な沙漠も点在する350ヘクタールほどの沙漠交錯帯に10年計画で植樹をしようとするものである。植樹後の利用については今後の課題であるが、可能ならば、国際的な沙漠研究所を誘致して、世界中の研究者や技術者が沙漠対策についての研究と実践ができる場を提供できればと考えている。民族を超え、世代を越えて繋がっていくことのできる植樹計画に意義がある。
4 黄土丘陵に緑の長城を NPO 環境保全ネットワーク京都
平成20年11月1日、陜西省富平県の黄土丘陵で植林緑化事業を進めてきた私たちNPOは、龍谷大学学生など植樹ツアー参加者と富平県林業局や農民、中学生、共産主義青年団の若者ら120名の参加をえて「日中青少年友好交流年」記念植樹式典を行いました。 ポプラの記念植樹を行った場所は、私たちが5年前の春に初めて訪れたところで、渭河支流石川河の河岸段丘の黄土高原を切り通す道路のそば、ヤオトンの跡が残る「黄綿土」の谷です。当時、富平県林業局から、農村地帯の水土流出、砂漠化を食い止めるため、黄土丘陵の崖錐地の斜面や集落周辺を植林することで、生態環境を保全しグリーンベルトとなる森林を造成したいという熱い想いを聞いたところです。 当NGOでは、日中緑化交流基金の助成事業として採択を受けるためには、森林の再生だけでなく、もう一工夫が必要と考え、地域の住民である農民や子供たちに緑化の重要性を啓発するという目的を加えました。 16年秋に事業採択となって以来、当NPOが主催する毎年の植樹ツアーはこの富平県の事業地をメインにしていて、小学生や地元の住民、県政府職員や家族などと一緒に急な斜面で側柏(コノテガシワ)を植えてきました。植樹だけでなく、地元の小学生を訪問し緑化コンクール作品の鑑賞と先生方との交流、子どもたちに紙芝居やスライドを使っての環境教育にも力を入れています。一昨年からは日本の大学生も加わり地元の中学校で造林緑化の重要性などを学んでもらおうと環境学習会を開いています。 私たちは事業計画の段階からカウンターパートと協議を重ねてきましたが、2つの課題がありました。一つは、植え付ける苗木の規格です。黄土丘陵の崖錐地に植えた木が大きくなれば、見事な緑地帯となって環境が改善されるだけでなく景色が一変し啓発効果は抜群となるでしょう。生態林として植える木は林業局の経験から大苗植栽を主張してきましたが、私たちは小苗を植えて大きく育てること、苗木の活着を高めることを主張しました。 議論の末、苗木経費の問題もあって小苗植栽が採用されましたが、活着率を高めるために灌水作業を組み入れました。その甲斐もあって4年生のコノテガシワは人の背丈を超すほどに育っているのを見ることができました。 もう一つは、畑地(耕作地)に植え付けた苗木の育成法です。農民は富平特産の柿の植栽を第一希望としているのですが、苗木の活着が畑一枚や畝の列ごとによって大きく違っていることがありました。灌水や寒風害予防などで育成の仕方に個人差があるようです。側柏を植える(非耕作地の)共用地は指導しやすいが畑地(耕作地)は人それぞれで指導しづらいようです。植えた後の管理を確実なものにするのが今後の課題です。 この事業の足跡はわずか4年ほどですが、黄土丘陵の水平線を近くから見ると大地からヒゲのようなものが生えてきたように見えます。今後、事業で植えた木がグリーンベルトとなって次の世代に引き継ぐことができるよう日中友好林を見守ってゆきたいものです。
5 〈黒竜江省杜蒙県での森林造成〉 道民植樹ボランティアと地元中学生とのコラボで! 社団法人 北海道森と緑の会
専務理事 奈良 賢 2006年黒竜江省杜蒙県新店林場にて、日中緑化交流基金の助成をうけ「嫩江砂漠地防護林建設プロジェクト」がスタートしました。 このプロジェクト(以下、PJ)は、カウンターパートである黒竜江省林業庁と植栽地の杜蒙県林業局、新店林場の試行的な造林として取り組みましたが、各年100ヘクタール 、3年間で300ヘクタールを造林し、補植、灌水などの他、助成対象外の害虫等防除など、的確な保育管理により活着率90%を越える成績で完了しました。因みに、植栽本数は、3年間の総植栽本数は、583千本(表)となりました。今後の適正な保育管理に関わる約束の遵守に期待しております。 ![]() さて、3年間の軌跡を辿ってみますと、PJ予定地の確保と造林方法、苗木の選択などカウンターパートとの協議と事業実施といずれも、未経験分野の事業展開に苦労しましたが、北海道と黒竜江省との技術者交流として派遣されていた北海道庁技術者の存在が大変重要な要素でした。当初は日本で求める関係資料などが習慣の違いで、何回かの修正が余儀なくされ、その間の橋渡しなど大変ご苦労を頂きました。 このPJの特徴は、北海道からの植樹ボランティアを募集して、PJ計画地の一部を地元民、特に将来を担う子ども(中学生)と協働での植樹や日本から各人が持参した、日本古来の玩具(けん玉、お手玉、独楽など)での遊びを通じた交流も特徴です。このことから、2007年「日中文化・スポーツ交流年」、2008年「日中青少年友好交流年」の対象事業としました。 本年は、出発間際に四川大地震が発生、道民参加者80名が中国への機内で復興を祈願する千羽ツル作成や義捐金日本円で10万余円を黒竜江省林業庁を通じ、黒竜江省赤十字会へ手渡されました。その後、感謝状が黒竜江省林業庁へ交付されました。 最終年でもあることから、平成15年から3年間植樹した、阿城市「友好林」、ハルビン市の北東50kmの「友好林」を視察することにしました。当日は、地元市長さんも同行するなど大変な歓迎のもと、「友好林」の生育状況を視察し、自分が植樹した樹木が立派な森林として成育していることに感激し、植樹後の地元の管理の適切さに、道民一同深く感銘を受けました。 この「道民ボランティアの旅」は今回で一応の区切りとして、今後は、地元の造林意識の高揚に期待しながら、機会を得て、森林づくりを視察したいと考えております。 この事業により北海道民と黒竜江省民との友好の絆が更に一層深まった大変有意義な取組の3年間でした。日中緑化交流基金事務局のご支援とご指導に感謝を申しあげます。
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